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ちかごろの祐信

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ちかごろの祐信
ブログ紹介
徳島県の鬼門の方角の端、鳴門の小寺に暮らす小坊主です。
以下の課題に日々取り組んでいます。
 1、坊主暮らしを10倍楽しむ
 2、寺と仏教を10倍楽しんでもらう

ホームページ → http://www.chokokuji.jp
祐信の部屋トップ ↓ http://www.chokokuji.jp/yushinroom/yushintop.htm
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勧進 −3−

2016/10/21 08:37
画像 6年前の庫裏の改築に際し、少なくない額の浄財の募金活動をしました。こういう形で寄付を募る法要も、最後かと思いながら取り組みました。
 そう考えていましたから、今回は振替用紙を同封した趣意書を送るだけにするつもりでした。
 むろん、郵便で振込用紙を送りつけるだけだったら、寄付をしようという気持ちも薄れます。目標額が集まらなくても仕方がありません。

 そういう方針で総代会に臨んだところ、どんなやり方にするにしてもやはり世話人も含めた実行委員会を開いて、方針を承認してもらうべきだろうということになりました。
 そのための世話人の確認作業を進めることから始めました。
 世話人が決まりはじめると、寄附ぐらい集めますという世話人さんも現れて、振替用紙を送るだけでは済まなくなりました。
 共同体が崩壊しているのはたしかですが、わずか6年では、地域社会がそう激変するはずもないわけです。

 そこで実行委員会では、寄付の取り組みは地域ごとに相談して決めることにしました。
 結果、3つの方法のどれかに落ち着きました。
  1 これまで通り世話人が趣意書片手に檀家を訪ね、寄付のお願いをする。
     農村、とくに地域共同体が生きている地域が選んだ、従来のやり方です。
  2 まず趣意書だけ送っておいて、しばらくして世話人が訪ねる。
    街場でも、寺のお膝元、あるいは熱心な世話人さんのいる地域のやり方
  3 趣意書と振替用紙を送るだけ。世話人は寄附活動にタッチしない。
     街場や、新しい住宅地を含んだ地域のやり方。農村でも、世話人が積極的でないと、この安易な方法を選ぶことになります。

 地域としては3:2:3、檀家数としては、4:3:3くらいの比率になりました。1と2の方法は、檀家を訪問するわけですから、7割は檀家さんを訪ねてくれるわけです。これを多いとみるか少ないと考えるか。少なくとも、前回よりは訪問件数が激減したのは確実です。
 寺があくまで訪問を主張したら、この比率は違ったのでしょうが、寄付を集める側の苦労を知っているので、やはり言い出しにくかったです。

 それにしても、時代の転換期なのだなと思います。
 新しい方法を考え、踏み出すことが必要な段階に至ったことを実感しています。
 ともあれそういうわけで、ただいま募金活動展開中。
 
 どっとはらい
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勧進 −2−

2016/10/20 08:20
 これまでは6年に1度巡って来る大きな法要のたびに、あたりまえのように、世話人さんたちが檀家を訪問して勧進活動をしてきました。これは少なくともぼくが知る限り、欠かしたことがない。募金を集めることは、世話人さんたちの大切な仕事でした。

 法要をする際に募金を集めるのは、こういう機会だからこそ浄財が集まりやすいからです。その浄財で、記念事業として、お堂をはじめとした施設の手入れなどをしてきました。
 だから世話人さんたちにとってみれば、法要に際し、何らかの記念事業をするのは、当然のことでした。
 事業だけでなく、法要自体にも、少なくない経費がかかります。

 しかし昨今、農村部はともあれ、とくに街場では地域共同体がほぼ解体しています。
 そんな時代に、地域の世話人が寄付を集めるのは、大変な作業です。
 まず家の場所がわからない。町内にどんな家があるか、どんな人が住んでいるか、知らない人が多いわけですから。
 知らない人の家に、知らない人が、浄財の勧募に来て、現金のやり取りをするわけです。簡単なことではありません。
 かつて寺の世話人は、地域の顔役や名士の仕事でした。だから地元で彼を知らない人はいなかった。
 いまは地元の顔役などいません。だから地域を代表する世話人体制は、もはや過去のものです。

 いまでも昔と同じように、世話人に寄付を集めてもらう寺があるのでしょうか。
 近年は、行事に際してまとめて寄付をお願いするのではなく、「年会費」みたいにして、寺が毎年、一軒当たり幾許かを集め、これを積み立てておいて行事に使う。そんな寺が多いようです。これだと世話人さんたちの手を煩わすこともないわけで、世話人の仕事は、行事の手伝いだけになります。
 世話人さんたちは、楽でしょうが、自分たちが寺を支えているのだという意識は薄れるでしょうね。精神的な寺離れに繋がります。
 難しい時代です。
 ・・つづく
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あと何枚だ・・ぶつ

2016/10/19 08:35
画像 今ではとても考えられませんが、ぼくがパソコンを使い始めた頃(1991年)は、OSはMS-DOSの時代で、Windowsはまだ黎明期。だから今みたいにたくさんのソフトを同時に使えなかった。ひとつのソフトを閉じないと、別のソフトを立ち上げられなかった。
 それでも、ものすごく便利な機械だと感動しました。いまはなき、ワープロ(後にワープロ専用機と呼ばれるようになる)が活躍していた時代です。
 データベースソフトに出会い、ほぼ3か月ほど、ろくに睡眠もとらずに、過去帳をデータ化しました。
 それがいま、ものすごく役立っています。

 大法会の案内を持っての檀家巡りが始まっています。
 少しずつ郵送に切り替えさせてもらっていますが、まだ大部分の檀家さんは、ぼくが訪ねるのを待っています。待たれたら仕方がない。
 案内と振替用紙を入れて郵送するのは、しごく簡単ですが、郵便局にも行けないお年寄りも少なくありません。 ひとり暮らしの老人も多いので、パトロールも兼ねて。大変だけど、訪ねることにも意味はあります。
 もっとも最近は、どの家も必ず錠が下りているので、ズカズカと上がっていくわけにもいきません。
 チャイムを鳴らしたら、歩きにくいお年寄りに、わざわざ玄関まで来てもらわなければならない。これは困ったことです。

 もはやこの仕事も四半世紀ですが、毎年新しい出会いや発見があります。
 梨の農村は、休日に訪ねたら、どの家もお休みで、荷台いっぱいにいただく梨は、今年は「なし」。いまや農家も、週末はお休みのようです。
 評判の「天ぷら屋さん」は、仕事中でした。1000枚は作るんだそうです。おもてでは、お客さんが行列。そういう店に裏口から堂々と入って、仕事の邪魔をする坊主です。
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復活

2016/10/18 16:15
画像 ご無沙汰しました。ひと月近く、ブログをお休みしました。今年になって3度目の長期休暇。そういう年、なんでしょう。

 ようやくパソコンをリニューアルできました。
 馴染みのパソコン屋さん。今回は、ビジネスタイプというのにしてくれました。これはオーダーメイドらしいですから、いささか時間がかかりました。発注してから生産ラインに乗せるのだそうです。
 出会ったのはまだ彼が20代の頃でしたが、いまや社長さんです。

 スマホでもタブレットでも、ブログはアップできたのでしょうが、悲しいかなぼくにはそういうノウハウがありません。
 もっとも、ノウハウがあっても、やらなかったと思う。人差し指で一文字ずつ文章を作るなんてまだるっこしいこと、できません。そんなことしてたら、浮かんだ文章が、片端から消えていく。

 それにしてもこの間、仕事に必要なソフトはなんとか使えたものの、反応の鈍さに手を焼きました。
 どうかすると「ワード」なんて、入力した文字が、1分くらいしないとディスプレイに表示されず、変換するのにもう1分。確定するのにもう1分。これでは仕事にならない。
 ワープロソフトは、入力、変換、確定という作業でようやく文字になることを再確認しました。普段はどれも一瞬で終わりますから、意識しませんもの。

 それにしても、重い病に冒された身体に鞭打って、必死で働いてくれていたのだと思うと、申し訳ない気持ちにもなります。

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勧進

2016/09/22 11:41
画像 鳴門結衆の「2大法要」のひとつ涅槃会が半年後に迫りました。もうひとつは、秋の大法会。
 それに向けた総代会を、ようやくもつことができました。
 ひとつは自身の病気のため、ひとつは記念事業の見積もりが遅れたため、ここまで準備がずれ込みました。

 前回、12年前は、行事の1年前から準備を始めました。
 涅槃会はもう2度経験しているし、大法会ほどは大きなイベントでもないので、そんなに急がなくても何とかなるという思いがあるのも事実です。

 6年前の大法会のおり、記念事業の庫裏の改築に向けて、大規模な募金活動をしました。世話人さんたちが、檀家を戸別訪問しての勧進です。
 だからぼくはいまでも、庫裏は、檀家さんが出し、世話人さんたちが集めた浄財をつかって、大工さんが建てたのだと思っています。長谷寺三十世祐信和尚が建てたとは思っていない。
 ぼくがやったのは、寄付者と金額を書き上げた「扁額」を拵えたことだけです。
 ぼくにとっては、大坂城を建てたのは豊臣秀吉ではありません。

 ここでいう「勧進」は「かんじん」で、寺のお堂や仏像などの建立や修理のため、人々に勧めて寄付を募ることをいいます。のちに、物乞いする僧侶や、乞食もこう呼ばれるようになります。
 「五木の子守唄」の「おどまかんじんかんじん」は、「私は乞食のようなものです」という意味です。続く「あんひとたちゃよかし」は、「あの人たちはお金持ち」。
 
 ・・・つづく
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雨の訪問者

2016/09/20 09:15
画像 台風16号接近中。2年ぶりの台風です。去年は来なかった。
 きょうは一日中荒れそうなので、あすは境内の掃除に追われます。

 台風が近づくと、きまって大工さんがパトロールに来て、樋に溜まった葉や土を掃除し、気になるところをチェックしてくれます。
 こういうのは本来、オーナーの役目なので、あまり痒いところに手が届くサービスをされると、自己管理もできない、無能なオーナーになり下がってしまいます。

 台風の時は、毘沙門堂の畳をあげたものです。戸に開けられた賽銭を投げ入れる隙間から、雨が吹き込みました。
 それでも雨がしみこみ、床板を濡らしました。台風一過の朝は、戸を開け放って天日乾燥。
 なんとも前近代的なことですが、一昨年までの話です。
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ピット・イン

2016/09/19 08:51
画像 最近の車には、スペアタイヤが搭載されていないのをご存知でしょうか。
 18年乗ったかつての愛車は、搭載されていないどころか、ジープのように後部ドア外部に取り付けられており、いわば後ろ姿の大切なデザインでもありました。
 いまは、スペアタイヤはほとんど使われないまま廃車になる。道路事情が圧倒的に改善され、パンクが少なくなった。ロードサービスが充実してきた。タイヤ交換ができるドライバーが少なくなった。
 そういうことどもが背景があるようです。

 そういう時代なのに、パンクさせてしまいました。バカですね。パンクの原因は、恥ずかしくて言えない。
 電話をしたら、メーカーのメカニック君が交換に来てくれました。ただ、タイヤを取り寄せるのに、少し時間がかかりました。

 どうも、心ここにあらず。いつも身体の一部に気をとられています。
 しばらくは、車にも乗れませんね。
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